2月朝礼・校長講話「探究は、世界との対話」
(今朝の正門、快晴の青空で日中は暖かくなれ)
本日(2/2)は、2月朝礼。
表彰、壮行会、校歌練習がありました
・表 彰 アナウンス部は関東地区コンクール、音楽部はヴォーカルアンサンブルコンテスト
・壮行会 ソフトテニス部 関東シングルス選手権大会出場!
応援した人たちの頑張っている姿は、自分の心も励まします
今週から、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックが開幕します。応援しよう
校長講話は、「探究は、世界との対話」について話しました。
皆さん、おはようございます。暦の上ではまもなく立春ですが、まだ寒い。
伊豆半島、下田の手前に河津町というところがあります。河津桜が有名で、その桜は、一分咲きとのこと。春はもうそこまできています。
3年生がいないと寂しいですね。3年生は共通テストが終わって、猛勉強中です。心の中で応援しよう!
さて、今日は、ある一人の研究者の生き方を通して、皆さんが今取り組んでいる「学び」、そして「探究」というものの面白さについてお話ししたいと思います。今週の土曜日には、探究学習成果発表会もあり、楽しみですね。
皆さんは、シジュウカラという鳥を知っていますか? 街中の公園や、校庭の木々でもよく見かける、白い頬に黒いネクタイ模様が特徴の身近な小鳥です。そのシジュウカラが、実は「言葉」を操り、文章を作って会話をしている……そう聞いたら、皆さんはどう思いますか?
ここに、東京大学の鈴木俊貴(としたか)先生が書かれた『僕には鳥の言葉がわかる』という本があります。今年度のイチオシ、私が一番面白かったと思う本です。図書館にいったら、貸し出し中でした。誰かがいま、読んでいますね。司書さんに聞くと、貸し出し回数は5回目とのこと。
鈴木先生のお話は、光村図書の中学校1年生の国語の教科書にも掲載があったので、「それかぁ」と思う人もいるし、NHKの「ダーウインがきた」でも複数回特集が組まれていたり、SNSやYouTubeでも話題でしたので、「知っているよ」という人がいるでしょう。
鈴木先生は、大学生のころから、15年以上にわたって森の中に身を置き、シジュウカラの鳴き声をひたすら聴き続け、彼ら・彼女らが「タカが来たぞ(警戒)」「集まれ(集合)」といった単語を組み合わせ、「警戒しながら集まれ」という文章を、異なる鳴き声の組み合わせで作っていることを、世界で初めて証明しました。
■「なぜ?」という好奇心の種
鈴木先生の研究の出発点は、いたってシンプルです。「鳥たちは何を喋っているんだろう?」という、純粋な好奇心でした。
皆さんは、日々の授業の中で「こんな公式を覚えて何になるんだろう」「この歴史の出来事を知ってどうするんだろう」と、ふと立ち止まってしまうことはありませんか? 確かに、教科書に載っている知識は、すでに誰かが解き明かした「完成された答え」に見えるかもしれません。
しかし、鈴木先生の探究が教えてくれるのは、「当たり前だと思われていた世界の中に、まだ誰も気づいていない真実が隠れている」ということです。
皆さんが今学んでいる国語の論理構成、数学の統計的思考、生物の知識、そして英語の文法。これらはすべて、バラバラに存在する「暗記項目」ではありません。
いつか皆さんが「これってどういうことだろう?」という自分だけの問いに出会ったとき、その謎を解き明かすための「最強の道具(ツール)」になるのです。
■探究とは「世界との対話」
鈴木先生は、鳥の言葉を解明するために、気の遠くなるような時間をフィールドワークに費やしました。録音機を設置し、鳴き声を分析し、仮説を立て、実験を繰り返す。時には失敗し、鳥たちに無視されながらも、粘り強く観察を続けました。
これが、私が、一女が大切にしている「探究学習」の本質。
探究とは、答え探しをすることではありません。
• 問題となっている事象から、課題は何かを見出すこと。
• 自分の目で見て、違和感を見つけること。
• 「こうではないか?」と仮説を立てること。
• それを証明するために、学んだ知識を総動員すること。
鈴木先生がシジュウカラの文法を発見できたのは、彼が「鳥の専門家」であっただけでなく、言語学や論理学といった、分野を越えた視点を持っていたからです。
本の中で、学問分野を横断するように論文を読み漁っている鈴木先生の様子が描かれています。
高校での学習は、いわば「視力の矯正」のようなものです。学べば学ぶほど、今まで見えていなかった世界の解像度が上がり、情報の裏側にある「法則」が見えるようになってきます。
■失敗を恐れず、面白がる力
鈴木先生は著書の中で、「研究は思い通りにいかないことばかりだが、それが面白い」と語っています。
皆さんに伝えたいのは、「正解を出すこと」以上に「問いを楽しむこと」の尊さです。探究の醍醐味は、ここにあります。
進路に悩み、試験の点数に一喜一憂することもあるでしょう。しかし、高校生活の本当の価値は、知識を詰め込むことも大事だが、その活用可能な知識を使って「自分はどう世界を捉えるか」という自分なりの視点を作り上げることにあるのです。
シジュウカラの鳴き声が、ただの雑音に聞こえるか、それとも緻密な言語として聞こえるか。それは、受け取る側の「知的好奇心」と「学びの蓄え」にかかっています。
■おわりに
2月は、今の学年の締めくくりであり、次のステップへ向けて力を蓄える時期です。
目の前の教科書が「苦行」に思えたら大変。勉強を楽しんでいますか。受験科目に関わりなく、大事な教養としての学びを続けてください。それは、いつか皆さんが「自分だけの森」に入り、誰も聞いたことがない「鳥の声」を解き明かすための、大切な準備期間であるからです。
皆さんの周りには、まだ誰も気づいていない「問い」が溢れています。
春に向けて、少しだけ耳を澄ませて、世界が発している小さな声を聞き取ろうとしてみてください。みなさん一人ひとりが、自分なりの「探究の翼」を広げて羽ばたいていくことを、私は心から楽しみにしています。